『恋にあっぷあっぷ』―多情な主婦の恋物語

『恋にあっぷあっぷ』とは田辺聖子先生らしい、変なタイトルの小説です。

いったいどのような内容なんだろう、と興味を持ち読んでみた作品です。

 

恋にあっぷっぷ

★『恋にあっぷあっぷ』林静一さんの素敵な挿画

 

主人公はアキラというまるで男性のような名前の主婦。

 

アキラ

★『恋にあっぷあっぷ』目次

 

アキラは普通に結婚して子供はまだいないが、パートにも出て一軒屋で暮らす全く普通の主婦だった。

それがある日、お隣に自分達と年齢が近い夫婦が引越してきて事態は変った。

夫ヒロシは隣の奥さんと仲良くなり、アキラは隣の旦那に魅力を感じる。

それなら、夫婦で浮気に発展するのか、というとそうではなく、ヒロシの場合は相談相手になっただけ。

問題はアキラのほうで、隣の旦那ジツに惹かれていく。

 

そんなある日、隣の奥さんに自分のパートの仕事が割に合わない、といわれたのがきっかけで、いきなりつまらなく感じるアキラ。

パートを辞め、華やかなR市にあるブティックジュリーに勤めだす。

 

実はそこからがアキラの恋が始まりなのです。

 

ブティックジュリーに勤めだしてからアキラはいきいきとして働きます。

それはR市というお金持ちが住む特別な場所に存在しているお店であったから、お客も高くとも一品だけ存在する品を好む贅沢で淫蕩な街にすっかり魅せられてしまったから。

 

ショップ入り口

 

そんなある日、若い女の子がドレスのお直しに来て、一緒にいた、太って見るからに醜い中年男性の鷹野氏と知り合います。

あまりのインパクトの強烈さに、興味が湧いて失礼だとは思いながらもついついまじまじと見つめてしまうアキラ。

自分の見た目の悪さを知ってる彼は、恥ずかしいそぶりを見せる、そんな出会いでした。

 

しかし、鷹野氏の見た目を補うばかりに細やかな他人への気配りと優しい紳士な態度に、いつしかアキラは隣の旦那ジツよりも鷹野氏に心惹かれていく――。

というような内容です。

 

私はアキラのような多情な女性は嫌です。

夫がいる身で、隣の旦那ジツに思いを寄せて、食事に誘って、ヒロシが留守だからといって自宅に招こうとする。

それを断られて今度はジツより鷹野氏に入れ込むなど、アキラは実に浮気性といえる人です。

 

そこはじっと我慢で読み進んでいくと、鷹野氏が見せるお金持ちの淫蕩さのある世界は実に魅力的でした。

ドレスアップしてパーティーに出て、競売で人気歌手とデュエットできる権利を高値で買い取ってくれたり、鷹野氏が所有する別荘に出かけ、レストランからの食事をデリバリーで楽しんだり。

 

シャンパン

 

そんな贅沢にアキラは夢中になっていきます。

 

そして鷹野氏といると自分は自然になれる、彼こそが運命の男性だ、と確信します。

鷹野氏もそんなアキラに惹かれ、二人は一緒になる願望を持ちます。

 

もうヒロシとは暮らせない、と離婚をほのめかして出て行くアキラ。

鷹野氏に連絡し、しかしお互いの離婚が決まるまでは合わないでおこう、と約束します。

 

「急に声が聞きたい、と言ってくれる人を見つけるために人はあくせく生きている、けど大抵の人はめぐり合わず死んでいく」

 

「あたしは見つけたのよ、そういう人を」

 

すごいです、こんな大人な愛の言葉が今まであったでしょうか。

 

最高のシチュエーションで再会を約束し、一旦別れる二人。

このまま幸福になるなら単なる甘いだけの話で終わってしまいますが、そこはさすがは恋愛の教祖の田辺聖子先生です。

 

夢はいつか醒めると非情な現実をちゃんと用意していたのです。

 

けれど、その現実があってこそ、私の中でこの作品が素晴らしく輝きはじめ、心に残る一品となったのです。

 

アキラの夢の物語はあくまで夢として存在しただけ。

永遠に留めたければ、美しい思い出だけを持って生きれば良い。

アキラはそう生きるのにふさわしい女性だったのでしょう。

 

『恋にあっぷあっぷ』、何ともいえず心に残るおすすめの一冊です。