『孤独な夜のココア』所収の一遍を選ぶとしたら「おそすぎますか」

田辺聖子先生の『孤独な夜のココア』。

田辺聖子先生『孤独な夜のココア』単行本と文庫本

★田辺聖子先生『孤独な夜のココア』単行本と文庫本

 

この本は短編集でいくつもの物語が入っているけれど、その中で特に胸に染み入る一遍を選ぶとしたら「おそすぎますか?」でしょうか。

 

『孤独な夜のココア』所収「おそすぎますか」

★『孤独な夜のココア』所収「おそすぎますか」

 

田辺聖子コレクションでは表題にもなっている作品です。

 

田辺聖子コレクション『おそすぎますか?』

★田辺聖子コレクション『おそすぎますか?』

 

主人公の女性は仕事が大好きでいつも忙しい日々を送っている。

そんなある日、彼氏が出来ます。

彼氏は忙しい主人公を癒してくれる理想の男性でした。

 

いつも忙しそうにしている主人公に、

 

「しんどかったか」

 

と優しく言葉をかけてくれる。
彼女は、

 

「うん、しんどかった!」

 

と甘えて言う、そんな関係だった。

 

そんな彼氏を独占したくて結婚を決めますが、彼女の上司は、

 

「あんたみたいな仕事が出来る人が結婚するなんて勿体無い!」

 

それに対して彼女は、

 

「結婚しても仕事は続けます!」

 

と言い切ります。

 

「当たり前や!仕事に反対するやつならさっさと離婚してしまえ!」

 

と彼女の結婚をにがにがしく思う上司。

 

結婚式直前まで仕事に追われ、ようやく隣に座った彼女に彼はやはりこう言います。

 

「しんどかったか」

 

その言葉に彼女は満足しながら、

 

「うん!」

 

と言うのです。

 

けど恋愛と結婚は違います。

恋愛時代は一時を楽しむだけでも成り立ちますが、結婚は毎日同じ家で暮らし、共に食べ、共に眠り、苦楽を分かち合うもの。

彼女は結婚した後も仕事中心の生活で、いつしか彼は不満を覚えていきます。

 

彼女が彼に手を抜いたわけではありません。

少しでも暇が出来れば彼のために手間隙かけた食事を作り、彼のセーターなど編んだりもして甲斐甲斐しくやっていた場面もあるのです。

 

編み物

★手間隙かけた食事や編み物もムダなの?

 

それなら何故?と思うでしょうけれど、田辺聖子先生は男性を鋭く理解されていました。

 

男という生き物は、出来るときに深く愛情をかけたから、忙しくなっても大丈夫などというものではなく、ほうっておくと駄目になる。

非常に寂しがりやな生き物なのだと啓示されたのです。

 

どんなに優しい男性でも、毎日愛情をかけていないと彼の心はすさみ、やがて離れていく。

そして主人公の夫も例外ではなく、我慢の限界が来るのです。

 

このお話の問題は、彼女が彼と同じくらい仕事が好きなことでした。

 

オフィス街

★仕事と彼、どちらを選ぶ?

 

仕事と彼のどちらを選ぶか、働く女性なら絶対に選択できない問題です。

仕事は生きがい、彼は愛し癒してくれる存在、これは現在でも十分ありうる働く女性の悩みです。

 

でも、読者としては、彼の寂しさも理解できてしまい、どちらの言い分も間違っていないのです。

答えの出ないまま二人は心が離れてしまい、彼女が最後に取る選択は? となるわけですが……。

 

このお話を読んだときは、心が痛くなる、そんな思いがしました。

 

タイトルの「おそすぎますか」は主人公の心の声です。

私は本当に貴方が好きなのに、わからなかったの?もうおそすぎますか?と夫への未練の声です。

 

短い短編でありながら、読者の心をこんなに締め付けるストーリーは「おそすぎますか」以来お目にかかったことがありません。

『孤独な夜のココア』は特におすすめの一冊です。

 

『孤独な夜のココア』文庫版解説は綿矢りささん

★『孤独な夜のココア』文庫版解説は綿矢りささん