『三十すぎのぼたん雪』所収の「ちびんこにへらんこ」

田辺聖子先生の作品で『三十すぎのぼたん雪』という短編集があります。
30過ぎたボタン雪

 

その中の一遍「ちびんこにへらんこ」。

変なタイトルをつけるのが好きな先生ならではのタイトルの短編作品です。

 

『三十すぎのぼたん雪』目次

★『三十すぎのぼたん雪』目次

 

田辺聖子先生の作品の多くは女性が主役ですが、この作品は珍しく男性が主役です。

舞台は田舎の村で、これも都会を舞台に選ぶ先生には珍しく、おまけに戦後間もなくの頃を描いている、珍しいばかりが目立つ作品です。

 

『三十すぎのぼたん雪』所収「ちびんこにへらんこ」

★『三十すぎのぼたん雪』所収「ちびんこにへらんこ」

 

この「ちびんこにへらんこ」、珍しいのはストーリーもそうです。

田舎の村といえば、性についてはお堅いイメージですが、それは見た目だけのこと。

実際は、男女の付き合いはお盛んで、初体験も早いといいます。

周りの大人も注意はしますが、恋する男女を遠巻きで応援する風潮も田舎ではよくあることです。

 

このお話に出てくる村もそんな風潮が残っていて、しかも時代は、戦後間もなくといったところでした。

戦後といえば、戦争によって大勢の男性が兵隊さんに取られて、返らぬ人となり、日本国内では後家さんを含め、独身の女性だらけになった時代です。

そこで数少ない独身の男性でこのお話の主役である春川さんは、夫がいない後家さんを慰問するという名目で複数の後家さんと男女の関係を持っていました。

 

農村

 

そう聞くと、かなり問題な話に聞こえますが、どういうわけか、このお話に出てくる村人は、男女の色事には皆、寛容なのです。

それどころか村の若い男性達は、春川さんの慰問を応援する空気まである流れで、それも複数の後家さんと仲良くできる春川さんをうらやましいと思ってるからなのですが。

 

しかし、こんなことが出来るのは、春川さんが見た目もいい男で、稼ぎもあり、奥さんも数年前に亡くしたから独身、ということが大きい理由です。

 

それでも浮気願望のある男性達は、春川さんのところへ集まり、慰問団に入団したいと願います。

 

このお話の面白いところは、慰問団に入るにはいくつかの要素が必要だといわれます。

まず、まめであること。

慰問団とはただ、いきなり男女の仲になるのではなく、後家さんであるから男手が必要な仕事は五万とあります。

それを腰軽く手伝ってあげる。

慰問団は親切かつ優しいというのが春川さんの言い分です。

 

次に歌が上手いこと。

それもテレビで聞く歌謡曲などではなく、婚礼の席で歌われる「長持歌」とかが良いといいます。

 

春川サンが「長持歌」を歌う場面

★春川サンが「長持歌」を歌う場面

 

人生の大事な席で歌われる歌を朗々と歌い上げる男性とは、その席にいる全ての人に支持され、女性はウットリとなる唯一の方法らしいのです。

 

また、お相手の女性が噂を立てられぬように落ち合うときは偶然を装うか、出来るだけ遠くで待ち合わせするかにしろ、と指示します。

独身の春川さんはともかく、教えを請うているのは配偶者がいる男性なので、いささか不安を感じながら読み進めていくのですが、このお話にはそういった野暮な邪魔は一切入らず、男性の浮気の理想的な形を描いていくのです。

 

しかし、このお話が悪くない、と思わせるのは、お相手の後家さんが若く美しい女性というわけではなく、むしろ、70歳のお婆さんも含まれているところです。

年齢が高くなってもそれなりの魅力は増す、と思ってくれる男性だと、女性は絶対好意を持ってしまいます。

これも田辺聖子先生ならではの心眼でした。