『お目にかかれて満足です』モラスハラスメントな夫を愛する作品

田辺聖子さんの小説は基本的に一冊の文庫本読みきりくらいの内容が多いのですが、この『お目にかかれて満足です』は上巻、下巻の長さでした。

『お目にかかれて満足です』のお話、主人公は33歳になる主婦のるみ子。

 

『お目にかかれて満足です』単行本表紙

★『お目にかかれて満足です』単行本表紙

 

物語の最初では、結婚して家庭に入り、家事の合間に「るみ子ブランド」のセーターを編む。

それを友人のお店で販売してもらっている、子供はいなくて気が合う夫、洋と楽しく仲良く暮らしている。

最初の出だしはとてもお手軽な楽しい人生を送る主婦です。

 

『お目にかかれて満足です』扉

★『お目にかかれて満足です』扉

 

しかし、人生はそんな言い事づくめではありません。

 

るみ子の実家の家族も医者だけど、夫・洋の実家も医者ばかり。

るみ子が実家に戻るのは自分の家だからまだ気楽だが、洋の実家に行くときはひどく緊張するほど格式ばった家だった。

まだお姑さんも元気だし、洋のお兄さんがまた厳しい人。

 

応接間

 

でも、洋の弟、舷だけは親しみやすかった。

 

夫・洋と弟・舷は同じく医者にならなかった同士。

仲が良く、結婚した後も家にたびたび遊びに来るほどでした。

 

そんなある日、夫・洋の借金が発覚。

貯金も使い込み、実家にまで借金していたのがわかり、るみ子の生活は一変します。

 

一万円札

 

かといって食べていけないというわけではありません。

ただ今までやりやすい男だと思っていた夫・洋は、実はそう簡単な男ではなかったことが徐々にわかっていくのです。

 

洋に借金したことを問い詰めると、次第に逆切れし始め、

 

「お前は物の役にたたない半人前のくせに人を攻撃するときだけ一人前の口を利く」

 

「人にきつうて自分にだけ甘い、やりたい放題、いいたい放題」

 

とまさに今でいうとモラルハラスメントな男でした。

 

るみ子は、

 

「そうかなあ、あたしは洋が喜ぶよういつも美味しい料理を作るよう心がけている。
母親のように甘やかしているつもりだった」

 

と激しいショックを受けます。

 

その後も洋は心臓の鼓動が激しいとか言って、るみ子に看護させたり甘えきっている夫です。

それでもるみ子は洋に捨てられたくないし、一緒にいたい、そんな夫婦仲です。

 

るみ子の生き方は洋が中心で、彼がいなくてはつまらない人生になってしまう。

そのことは変らないのですが、それまでの彼に頼って生きる人生は逆転します。

 

友人のすすめで自宅を改装し、お店を経営することにします。

自分の作ったセーターや小物を扱うお店です。

それは思ったより上手くいき、少しずつではありますが、売り上げも伸びていきました。

 

セーター

 

でも、その自宅改造の資金の出所は洋の弟、舷からです。

るみ子と舷は洋に内緒で秘密を持ったわけです。

そして以前より密な関係になっていきます。

しかし、何処か影を持った舷にるみ子は心引かれながらも、決して分かり合えない部分も理解していきます。

 

女性がお店や会社を起こすとなれば、家のことも夫の世話も手抜きは出来ない。

そんな悩みや、夫を愛していながらも他の男性に心惹かれる女性特有の浮気心も描いていきます。

 

一般主婦がお店を経営し、やりにくい夫を何とか操縦し、うるさい夫の実家と付き合い、 夫の弟と危うい関係を持つ……というかなり内容の濃いいお話。

お話としては上巻、下巻にしなくても終われたんでは?とはじめは少し疑問でしたが、二冊分でなければ描ききれない、と田辺聖子先生としては判断したのかな、と想像しています。

『朝ごはんぬき?』失って気づく“朝ごはん”という愛情

『朝ごはんぬき?』これも何度も読み直したお気に入りの作品です。

 

『朝ごはんぬき?』文庫版表紙

★『朝ごはんぬき?』文庫版表紙

主人公は明田マリコ、31歳のハイミスのお年頃、独身。

現在住み込みのお手伝いさんをしていて、これにはわけがあり、実は少し前までOLでしたが、失恋し、お相手の彼は同じ職場なため、会社を辞めたのです。

お世話になっている高校時代の教師の紹介で女流作家、秋本えりか先生の自宅に雇われることとなります。

 

主人公・明田マリ子、独身

★私は三十一歳、明田マリ子、独身である。

 

家族はえりか先生の夫と娘が一人、通いの家政婦さんもいて一見普通の家庭と変わりないのですが、そこはやはり作家の家。

自宅で仕事をして、締め切りになると編集部の人間が押しかけてきます。

 

えりか先生は神が降りてきてはじめて小説が書けるタイプで、普段は寝てばかりいて、そのおかげで締め切りまじかでないと原稿が仕上がらないやっかいな作家です。

えりか先生の夫は会社の重役で、グルメで食べ歩きが趣味、娘は両親を始め、大人には心開かないが、友達との間は良好。

この二人の共通点はえりか先生が忙しいので自由気ままに暮らせるところ。

 

マリコはお手伝い件秘書で、先生の仕事も管理するのでなかなか大変なお仕事なのです。

しかしお手伝いが主な仕事なので、食事を作る風景がこの本ではよく見られます。

 

マリコは朝食をしっかりとる人なので、かりかりベーコンに目玉焼き、トーストにミルクコーヒーに果物を用意して食べます。

けど、この家では朝はほとんど朝食を取らない。

そのうちマリコも影響され、優雅な朝食を取らなくなっていくのですが。

 

この朝食がこの物語には重要で、失恋の相手森夫と偶然再会しますが、彼と付き合っていた頃、きちんとした朝ごはんを作ってあげていました。

そのことが彼には大切な思い出となり、結婚した後でもマリコへの想いを引きずってるらしいのです。

 

★「いまでも、マリちゃんの朝めし思い出すよ」

★「いまでも、マリちゃんの朝めし思い出すよ」

 

「いまでも、マリちゃんの朝めし思い出すよ」

 

「僕より早よう起きてくれた、というだけで思い出すとたまらんようになるときあるなあ、世間には女は多いけど、そんなこと他の誰がしてくれたか」

 

「マリちゃんはほんまに僕が好きやってんなあ」

 

朝食

 

これを言われたマリコの気持ちは結婚した後に言われても腹が立つだけ、の心境ですが、やはり心は大きく動くのです。

彼を好きだからこそ、せっせと朝ごはんを作ってあげていたことが、彼にはこんなに大きく心に残る出来事となっていた。

それを素直に男性から言われたとしたら女性としては堪らなくうれしく心乱れます。

 

たかが朝ごはんを愛の言葉に変えて相手に伝えるなど誰が思いつくのでしょう。

ここが田辺聖子先生のすごさです。

当たり前に作ってくれていた朝食作り、そのときは何とも思わず食べていた、しかしそれは愛情があってこその行為だったと失って初めて気が付いた。

 

しかも、朝食を作っていた当の本人マリコもその重要性に気が付かなかったのに、森夫は気が付いてくれたことに深い意味があるのです。

 

これは最強のくどき文句です!

 

もちろん朝ごはん以外にも美味しそうな食べ物が満載に出てくるこの『朝ごはんぬき?』を読むと、どうもお腹が空いてしまい、本片手にお菓子をつまみながらの読書になってしまいます。

これも田辺聖子先生の作品の魅力です。

が、ダイエット中の方にはおすすめしないほうがいいかもしれません(笑)。

 

『朝ごはんぬき?』文庫版裏表紙

★『朝ごはんぬき?』文庫版裏表紙

 

 

『恋にあっぷあっぷ』―多情な主婦の恋物語

『恋にあっぷあっぷ』とは田辺聖子先生らしい、変なタイトルの小説です。

いったいどのような内容なんだろう、と興味を持ち読んでみた作品です。

 

恋にあっぷっぷ

★『恋にあっぷあっぷ』林静一さんの素敵な挿画

 

主人公はアキラというまるで男性のような名前の主婦。

 

アキラ

★『恋にあっぷあっぷ』目次

 

アキラは普通に結婚して子供はまだいないが、パートにも出て一軒屋で暮らす全く普通の主婦だった。

それがある日、お隣に自分達と年齢が近い夫婦が引越してきて事態は変った。

夫ヒロシは隣の奥さんと仲良くなり、アキラは隣の旦那に魅力を感じる。

それなら、夫婦で浮気に発展するのか、というとそうではなく、ヒロシの場合は相談相手になっただけ。

問題はアキラのほうで、隣の旦那ジツに惹かれていく。

 

そんなある日、隣の奥さんに自分のパートの仕事が割に合わない、といわれたのがきっかけで、いきなりつまらなく感じるアキラ。

パートを辞め、華やかなR市にあるブティックジュリーに勤めだす。

 

実はそこからがアキラの恋が始まりなのです。

 

ブティックジュリーに勤めだしてからアキラはいきいきとして働きます。

それはR市というお金持ちが住む特別な場所に存在しているお店であったから、お客も高くとも一品だけ存在する品を好む贅沢で淫蕩な街にすっかり魅せられてしまったから。

 

ショップ入り口

 

そんなある日、若い女の子がドレスのお直しに来て、一緒にいた、太って見るからに醜い中年男性の鷹野氏と知り合います。

あまりのインパクトの強烈さに、興味が湧いて失礼だとは思いながらもついついまじまじと見つめてしまうアキラ。

自分の見た目の悪さを知ってる彼は、恥ずかしいそぶりを見せる、そんな出会いでした。

 

しかし、鷹野氏の見た目を補うばかりに細やかな他人への気配りと優しい紳士な態度に、いつしかアキラは隣の旦那ジツよりも鷹野氏に心惹かれていく――。

というような内容です。

 

私はアキラのような多情な女性は嫌です。

夫がいる身で、隣の旦那ジツに思いを寄せて、食事に誘って、ヒロシが留守だからといって自宅に招こうとする。

それを断られて今度はジツより鷹野氏に入れ込むなど、アキラは実に浮気性といえる人です。

 

そこはじっと我慢で読み進んでいくと、鷹野氏が見せるお金持ちの淫蕩さのある世界は実に魅力的でした。

ドレスアップしてパーティーに出て、競売で人気歌手とデュエットできる権利を高値で買い取ってくれたり、鷹野氏が所有する別荘に出かけ、レストランからの食事をデリバリーで楽しんだり。

 

シャンパン

 

そんな贅沢にアキラは夢中になっていきます。

 

そして鷹野氏といると自分は自然になれる、彼こそが運命の男性だ、と確信します。

鷹野氏もそんなアキラに惹かれ、二人は一緒になる願望を持ちます。

 

もうヒロシとは暮らせない、と離婚をほのめかして出て行くアキラ。

鷹野氏に連絡し、しかしお互いの離婚が決まるまでは合わないでおこう、と約束します。

 

「急に声が聞きたい、と言ってくれる人を見つけるために人はあくせく生きている、けど大抵の人はめぐり合わず死んでいく」

 

「あたしは見つけたのよ、そういう人を」

 

すごいです、こんな大人な愛の言葉が今まであったでしょうか。

 

最高のシチュエーションで再会を約束し、一旦別れる二人。

このまま幸福になるなら単なる甘いだけの話で終わってしまいますが、そこはさすがは恋愛の教祖の田辺聖子先生です。

 

夢はいつか醒めると非情な現実をちゃんと用意していたのです。

 

けれど、その現実があってこそ、私の中でこの作品が素晴らしく輝きはじめ、心に残る一品となったのです。

 

アキラの夢の物語はあくまで夢として存在しただけ。

永遠に留めたければ、美しい思い出だけを持って生きれば良い。

アキラはそう生きるのにふさわしい女性だったのでしょう。

 

『恋にあっぷあっぷ』、何ともいえず心に残るおすすめの一冊です。

初めて読んだ長編小説が田辺聖子先生の『窓を開けますか?』でした。

私が田辺聖子先生の小説を初めて眼にしたのは、小学校6年くらいでした。

 

当時の私の読み物は、漫画ばかりで、小説など眼中に無かったのですが、それでも大人になったら漫画は卒業して小説を読むものだと、何故か決め付けていたのです。

 

そのため、少しずつ小説を読む努力をするべきかな、と考え、姉の本箱の中から一冊拝借することにしました。

姉と私は4才違いなため、何冊かの小説を所持していました。

その何冊かの中に含まれていたのが田辺聖子先生の小説だったのです。

 

タイトルは『窓を開けますか?』。

 

窓を開けますか?

★田辺聖子先生『窓を開けますか?』単行本

 

何とも不可思議なタイトルで、当時の私は何の本か悩んだものです。

それでも、文字数が少なめで、難しい内容ではない様子なので、これを拝借することに決めました。

 

ストーリーは、30歳くらいのOL亜希子は現在不倫恋愛を楽しんで暮らしている。

最初は仕事もあり、同僚もあり、男友達もあり、不倫の恋人もありで人生を謳歌しまくっている女性でした。

けど途中から不倫相手と上手くいかなくなり、そこから不穏な空気に包まれて亜希子の迷走がはじまり人生を考え始めます。

不倫相手と別れて新しい人とやり直すのかと思われるお話の流れでしたが、最後に亜希子が下した決断は。・・・

 

物語のタイトルの

「窓を開けますか?」

これは亜希子が最後に選んだ男性にかけた言葉です。

これを言って物語は終わるのです。

 

窓を開けるとは、空気を入れ替える、風を通すため、太陽の光を直接浴びるため、いろんな意味を持ちます。

共通する目的は、部屋の何かをガラッと変化させる、そのためです。

この言葉は亜希子が彼との新しい関係を意味する、そんな予感をさせるためのキーワードとも言えるのです。

 

窓

 

さりげない普通の日常会話が田辺先生の手にかかれば、まるで魔法の言葉にように輝きます。

とても良い終わり方でした。

 

私個人の意見としては、亜希子は不倫をしているわけで、それも後ろめたく思ってる気配など微塵も無く、友達にも堂々と言ってのけるあたり好感が持てないヒロインでした。

それなのに、先生の人をひきつけてやまない文章力のおかげで、このように自分勝手な主人公の生き方でも途中で読むのを止めることが出来ず、とうとう最後まで読みきったのを覚えています。

 

それどころか、何度も読み直してしまうのです。

 

初めて小説を読んだのにも係わらず、田辺聖子ワールドの魅力にすっかり取り付かれてしまいました。

 

これ以降、姉の本棚にある田辺聖子先生の小説を読み漁りました。

 

先生の作品は基本一冊の本で完結するのが主流で、読みやすくもあり、どんな人にもおすすめすることができる珍しい作家さんだと思います。

 

中には短編集もあって、その中でもひきつけられる作品がいくつも登場し、こんなに感性が鋭い女流作家はめったにいないことを認識させられました。

田辺聖子先生の作品は、大阪を舞台にした等身大の恋愛小説

田辺聖子さんは、誰もが知っている有名作家さんです。

それもほとんど全てが恋愛小説。

 

恋愛小説と聞けば、ハーレクインロマンスのような、美しい女性が旅に出て、そこで出会ったステキな男性と恋に落ちる。

そのような女性が夢見るロマンチック満載の物語だと想像してしまいそうですが、田辺聖子さんの描く世界は全くそれとは違います。

彼女の描く世界は、等身大の恋愛物語でした。

 

★田辺聖子全集の口絵

★田辺聖子全集の口絵

 

それも舞台は東京よりも関西のそれも最も個性が強烈な大阪を舞台にした物語が中心とされます。

話す言葉も、大阪弁がほとんどで、それもそのはず、田辺聖子さんは生粋の大阪人です。

けれど、大阪の景色、大阪の言葉、人間関係も大阪風に描いて、それでいて恋愛小説を書いて大成するなど、大変めずらしいことでした。

 

多分ほとんどの読者は、田辺聖子さんの小説を良くあるロマンチックな恋愛小説だと思って読むと、驚かれると思います。

ほとんどが大阪の町並みや人情ある交流や美味しい食べ物の紹介、そういった街で主人公は生活している様をこれでもか、とばかりに克明に描いていく。

そこからが先生の世界の始まりです。

 

主人公にしても、決して特別美しい女性ではなく、年齢もハイミスだったりして、毎日会社と自宅の往復で、友達はいて、男友達もいるけれど、肝心の彼氏がいない。

そんな普通の女性の恋愛物語を描いていくのです。

 

恋愛のお相手に関しても、特別カッコいいわけでもなく、お金持ちなわけでもない、ロマンチックな言葉をかけてくれるわけでもない、ごく普通の男性。

ですから、女性が夢見る条件はほとんど無いともいえるお話ですが、それでも、いやそれだからこそ? 先生の作品は支持され続けているのです。

 

図書館の田辺聖子先生コーナー

★図書館の田辺聖子先生コーナー、著作がいっぱい

 

 

田辺聖子先生の作品が支持され続けている理由のひとつに、生の関西を描ききっているということがあるでしょう。

 

朝の通勤の忙しさから昼は会社で忙しく働き、噂話に興じる。

そして夕暮れには、家路を急ぐ人々がどのように生きているか?

まるで自分が物語の中に存在して、その世界に生きている……そんな気にさせてくれる作品です。

 

かく言う私も、そんな田辺聖子先生の作品に深く魅力を感じたものの一人です。

 

それは、私も大阪人だからでもあります。

 

大阪で生まれ、大阪で育つものには田辺聖子さんといえば、一番親しみを感じる女流作家なのです。

先生の描く大阪は人情と優しさが溢れていています。

普段見慣れている大阪の景色を彷彿とさせ、「そうか、大阪ってこんなにいい町だったんだ」と改めて再認識させてくれます。

 

大阪・道頓堀の風景

 

背伸びしない恋愛物語は、現実の厳しさと何処か悲しいお話の展開が待っています。

けれど、だからこそラストには何かしらの感動に向かっていけるのです。

 

以前、先生は「徹子の部屋」に出演なさったときにおっしゃいました。

 

「私の描いたかなり昔の小説、この子達がいまだに良いお仕事をしてくれるんですよ」
(昔の作品が今でも売れ続けているということ)

 

そのことを「何故なのでしょう?」と聞かれたとき、先生は言いました。

 

「今も昔も恋する心は変らないからでしょう」

 

この返答を聞いてやはり先生はただものではないな、と感服した次第です。

 

このブログでは、僭越ではありますが、大好きな田辺聖子先生のおすすめ作品を紹介していきたいと思います。